◎「伊弉諾神宮」
兵庫県淡路市多賀740 地理院地図
主祭神:伊弉諾尊・(伊弉冉尊)
伊弉諾尊の
幽宮は普通カクレミヤと読むが、何故か「かくりのみや」と読んでいる。
死者の世界「幽世」をカクリヨと読むことからきているようである。
伊弉諾尊の幽宮と称しながらも、伊弉冉尊を祭るようになったことは奇妙なことである。
境内に何やら石版の地図があるが、怪しい輩の影響を受けたのであろうか。
明治以降なにやら変質してきているようである。
昭和29年、「伊弉諾神社」から「伊弉諾神宮」に改称。
・境内に「左右神社」があり「天照皇大神」・「月読尊」を祀っている。
これは「古事記」に黄泉の国から逃れ、左右の目を洗った時に生まれた神として「天照大御神」・「月読命」が生まれたと記されていることによるのであろう。
古事記にはその後鼻を洗った際に生まれた神として「建速須佐之男命」が記されているのだが今の「伊弉諾神宮」には「建速須佐之男命」の名は見られない。
「根神社」(素戔嗚尊)と「竈神社」(奥津彦命・奥津姫命)を並べて祭っている。
又、「大国主命」他出雲の神々も見られない。以前は「根神社」に祭られていたと記憶。
「奥津彦命・奥津姫命」は「素戔嗚尊」と「神大市姫」の御子である「大年神」の御子であり、「素戔嗚尊」と並べている意味がわからない。
更に記すと、他の境内社で「住吉神社」はまぁ理解できるが「鹿島神社」を祭っているのは全く理解できない。
・境内に「伊勢の皇大神宮遥拝所」というのがある。
御子である天照大神を父親が遥拝するというのも奇妙なことである。
一応記しておくと、この地には伊弉諾命の葬所があり、その上に社殿を造り祀ったのが始まりと伝える。
社殿改築の際、多少移動があったが、今も本殿下には葬所としての石組みがある。