『出雲国風土記』

『出雲国風土記』荷田春満考

新編荷田春満全集-3-によると、自筆本は東丸(アズママロ)神社に所蔵されているが楯縫郷迄しか残っておらず、他に「正稿本」と呼ばれる荷田在満奥書の転写本が複数あるという。挙げられているのは次の6種で、書写者毎の考察など含まれ異同が多いようである。
全集の底本には良本として植垣氏蔵本を採用している。書影は無い。
・植垣節也氏蔵本
・内閣文庫本(国立公文書館蔵)
・国会図書館本
・東京都立日比谷図書館本
・九州大学本
・大頭竜神社本
ここで挙げる江守善六氏旧蔵慶應義塾図書館蔵本については記されていない。

  • 「東丸神社」(祭神:荷田春満)は荷田姓一族が社家を務めた京都「伏見稲荷大社」の摂社であり、近くに春満旧宅も残されている。(伏見稲荷大社の社家は元来秦姓の一族であり荷田姓の一族が後に加わった。)
    「東丸」は「春満」同様号であり、本名は荷田姓羽倉信盛。朱子学に抗し、国学の先駆として荷田学と呼ばれる復古神道論を唱えた。賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤等は弟子筋。幕末攘夷思想に繋がる。

荷田春満自筆本(初葉)

http://fuushi.k-pj.info/jpgb/IFkada/kada-jihitu.jpg

  • 上記、新編荷田春満全集-3-に自筆本の書影が1葉だけあるので、参照用に掲載しておく。
    本文では常用漢字への変更、変体仮名の変更等行われているが以下は原文に則し文字起しする。

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 出雲風土記
初葉ノ表   春満考
 東南宮北属海
  今按宮の字ハ山西の二字なるへし宀ハ山の字
  呂ハ西の字形相似たれハ、轉写阿やまりて
  山西の二字を宮の一字に作當るなるへし
  而らハ東南山西北属海にて義通へし
初葉ノ表
 九十三 一百歩 七十三里卅二歩
  今按九十三の下歩の字を脱せるなるへし一百歩
  の上下七十三三里卅二歩の上下闕文なるへし
初葉ノ表
 得而難可誤
  今按此句の上下闕文なるへし
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江守善六氏旧蔵本文字起し。

  • PC版とAndroid版では頁表記が異なる。
    PC版には頁表示がない。
    Android版では、表紙をiとして始まり、XVまで続き、その後1頁~125頁と続き、裏表紙が125頁となっている。
    以下はAndroid版に従う。

出雲国風土記考(荷田春満考)piii

http://fuushi.k-pj.info/jpgb/IFkada/IF-kada-03.jpg
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出雲國風土記   荷田春満考

初筆
東南宮北属海
 今按東南山西北属海といふ句なるべし 山西二字
を時写あやま里て 宮の一字に 作りたるならん 志
かも南を誤りて宮に作りたる所も見え堂里*1
一百九十三
 今按三の下 歩の字を脱世る奈るべし
一百歩
 今按此句能上尒数句有類遍し脱世るならん
七十三里卅二歩
 今按此句の上尒も数句を脱世る奈るへし
得而難可誤
 今按此句能上下闕文奈る遍し
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出雲国風土記(荷田春満考)p183

http://fuushi.k-pj.info/jpgb/IFkada/IF-kada-a183.jpg
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卅一葉
波如社
 今按如ハ知の誤加

此山嚴
 今按 嚴ハ嶺の誤り加 志からずハ巖の誤り加

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*1 堂里(たり)

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Last-modified: 2017-03-30 (木) 20:37:02 (175d)