▲広島県庄原市比和町「比婆山」
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[[山]] ▲「比婆山」 広島県庄原市 [[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.066219/133.055377/]] 広島県と島根県の県境にある「烏帽子山」1225mの南方にあり、広島県西条町の「立烏帽子山」1299mの間にある標高1264mの山を「比婆山」と呼んでいる。 南方山中に「比婆山御陵」と呼ぶ大岩がある。 周辺は近年広島県の県民の森となっており、整備されている。 藝藩通史には「烏帽子山」は記載されているが「比婆山」は記載されていない。 「比婆山」と呼び始めたのは明治以降であり、かつては「峯山」と呼ばれていた。 地区名「比和」が「比婆」に通じるという事で名付けられたものである。 ---- (比婆山御陵)[[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.064498/133.056793/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-a1.jpg ・以前は縦長の円墳であるという案内板があり、ベンチなどもあったが今では共に朽ち果てている。 無論円墳であるという根拠になる調査は行われていない。 写真は屋根付きの賽銭箱であり社ではない。念の為。 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-a2.jpg ・御陵とされる岩 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-a3.jpg ・御陵とされる岩2 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-b1.jpg ・御陵とされる岩の後方にある岩 (比婆山御陵 案内板) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-c1.jpg ・近年の解釈であろう。熊野神社(比婆山熊野神社)を本宮・遙拝所と記し、その奥宮と記している。 かつては[[比婆山神社:https://fuushi.k-pj.info/pwk8/index.php?%E2%97%8B%E5%BA%83%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E5%BA%84%E5%8E%9F%E5%B8%82%E6%AF%94%E5%92%8C%E7%94%BA%E4%B8%89%E6%B2%B3%E5%86%853462%E3%80%8C%E6%AF%94%E5%A9%86%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%80%8D]]が遙拝所であり、その奥宮が下記の「命神社」とされていた。 比婆山神社から比婆山は遥拝できるが、比婆山熊野神社から比婆山は遥拝できない。 比婆山熊野神社が遙拝所であろうはずがない。比婆山熊野神社は紀州熊野からの勧請社である。 この地は備後国であり、古事記には出雲国と伯耆国の境に比婆山はあると記されており、明治政府はそれ故ここを神陵と称することを禁じた。 (比婆山御陵 命神社)[[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.064954/133.055549/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-d1.jpg ・「&ruby(ミコト){命};神社」は上記御陵岩の北西やや下ったところにある。再建したという比婆山古道の途上に当たる。 (比婆山御陵 烏帽子岩) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-d2.jpg ・命神社の後方にある。陽石であろう。太鼓岩とも呼ばれている。 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-d3.jpg ・&ruby(ウブコ){産子};の岩戸と呼ばれる陰石。烏帽子岩の北方にある。 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-d4.jpg ・護符の水を引いていたらしい命神社の手水。護符の水は後方にあったが枯れている。 (比婆山御陵 飛越岩) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-e1.jpg ・伊邪那岐命がこの岩を飛び越え吾妻山にいったという&ruby(トビコイワ){飛越岩};。 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-e2.jpg ・山中の巨岩 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-f1.jpg (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-f2.jpg ---- (立烏帽子山駐車場案内板)[[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.051693/133.068187/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-g1.jpg ・環境省が設置した案内板。比婆山神社も比婆山古道も記されていない。 ---- (池の段 標石)[[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.050885/133.060634/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i1.jpg ・池の段というのは、この標石のある場所から西方にある、石仏の置かれた場所を云う。 ・この周辺は樹木がなく見晴らしが良い。 明治に入り、牛肉食がひろまり、庄原でも肉牛飼育が盛んになり、放牧地として樹木伐採が行われたためである。 近年は過疎化が進み牛の姿を見ることはなくなった。 (池の段 猿政山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i2.jpg (池の段 吾妻山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i3.jpg (池の段 比婆山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i4.jpg ・烏帽子山は見えない (池の段 毛無山と伊良谷山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i5.jpg ・桔梗ヶ丘が毛無山の向こうに見える。 (池の段 立烏帽子山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i6.jpg (池の段 竜王山方面) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i7.jpg ---- (立烏帽子山山頂)1299m [[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.051904/133.065484/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-t1.jpg
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[[山]] ▲「比婆山」 広島県庄原市 [[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.066219/133.055377/]] 広島県と島根県の県境にある「烏帽子山」1225mの南方にあり、広島県西条町の「立烏帽子山」1299mの間にある標高1264mの山を「比婆山」と呼んでいる。 南方山中に「比婆山御陵」と呼ぶ大岩がある。 周辺は近年広島県の県民の森となっており、整備されている。 藝藩通史には「烏帽子山」は記載されているが「比婆山」は記載されていない。 「比婆山」と呼び始めたのは明治以降であり、かつては「峯山」と呼ばれていた。 地区名「比和」が「比婆」に通じるという事で名付けられたものである。 ---- (比婆山御陵)[[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.064498/133.056793/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-a1.jpg ・以前は縦長の円墳であるという案内板があり、ベンチなどもあったが今では共に朽ち果てている。 無論円墳であるという根拠になる調査は行われていない。 写真は屋根付きの賽銭箱であり社ではない。念の為。 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-a2.jpg ・御陵とされる岩 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-a3.jpg ・御陵とされる岩2 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-b1.jpg ・御陵とされる岩の後方にある岩 (比婆山御陵 案内板) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-c1.jpg ・近年の解釈であろう。熊野神社(比婆山熊野神社)を本宮・遙拝所と記し、その奥宮と記している。 かつては[[比婆山神社:https://fuushi.k-pj.info/pwk8/index.php?%E2%97%8B%E5%BA%83%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E5%BA%84%E5%8E%9F%E5%B8%82%E6%AF%94%E5%92%8C%E7%94%BA%E4%B8%89%E6%B2%B3%E5%86%853462%E3%80%8C%E6%AF%94%E5%A9%86%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%80%8D]]が遙拝所であり、その奥宮が下記の「命神社」とされていた。 比婆山神社から比婆山は遥拝できるが、比婆山熊野神社から比婆山は遥拝できない。 比婆山熊野神社が遙拝所であろうはずがない。比婆山熊野神社は紀州熊野からの勧請社である。 この地は備後国であり、古事記には出雲国と伯耆国の境に比婆山はあると記されており、明治政府はそれ故ここを神陵と称することを禁じた。 (比婆山御陵 命神社)[[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.064954/133.055549/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-d1.jpg ・「&ruby(ミコト){命};神社」は上記御陵岩の北西やや下ったところにある。再建したという比婆山古道の途上に当たる。 (比婆山御陵 烏帽子岩) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-d2.jpg ・命神社の後方にある。陽石であろう。太鼓岩とも呼ばれている。 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-d3.jpg ・&ruby(ウブコ){産子};の岩戸と呼ばれる陰石。烏帽子岩の北方にある。 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-d4.jpg ・護符の水を引いていたらしい命神社の手水。護符の水は後方にあったが枯れている。 (比婆山御陵 飛越岩) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-e1.jpg ・伊邪那岐命がこの岩を飛び越え吾妻山にいったという&ruby(トビコイワ){飛越岩};。 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-e2.jpg ・山中の巨岩 (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-f1.jpg (比婆山御陵) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-f2.jpg ---- (立烏帽子山駐車場案内板)[[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.051693/133.068187/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-g1.jpg ・環境省が設置した案内板。比婆山神社も比婆山古道も記されていない。 ---- (池の段 標石)[[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.050885/133.060634/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i1.jpg ・池の段というのは、この標石のある場所から西方にある、石仏の置かれた場所を云う。 ・この周辺は樹木がなく見晴らしが良い。 明治に入り、牛肉食がひろまり、庄原でも肉牛飼育が盛んになり、放牧地として樹木伐採が行われたためである。 近年は過疎化が進み牛の姿を見ることはなくなった。 (池の段 猿政山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i2.jpg (池の段 吾妻山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i3.jpg (池の段 比婆山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i4.jpg ・烏帽子山は見えない (池の段 毛無山と伊良谷山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i5.jpg ・桔梗ヶ丘が毛無山の向こうに見える。 (池の段 立烏帽子山方向) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i6.jpg (池の段 竜王山方面) https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-i7.jpg ---- (立烏帽子山山頂)1299m [[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#15/35.051904/133.065484/]] https://fuushi.k-pj.info/jpgm/hirosima/syoubara-c/hibaM/hibaM-t1.jpg
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