[[文献]]

''『懐橘談』''

松江藩儒官 黒沢石斎弘忠(1612~1678)による地誌
早稲田大学図書館古典籍ライブラリー[[「懐橘談」:http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ru04/ru04_03795/index.html]](写本・黒沢石斎著・小川理助蔵本)

近代デジタルライブラリー[[『懐橘談・隠州視聴合紀』:http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950372]](黒沢石斎 著/大正3年刊/出雲文庫-2-)

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黒沢石斎広忠は、伊勢国出身。江戸に出て林羅山門人となる。
林羅山の推挙により松江藩の儒官となる。1653年出雲に着任。
林羅山の神儒一致・仏教排斥の思想を引き継ぎ、神仏習合が進んでいた出雲で、神仏分離を主張・実践した。

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懐橘談(出雲文庫-2-p90(k50))

&ruby(ウツプルヒ){十六島};
「十六島、此島を俗にウツプルイ島と云ふ。十六善神&ruby(エカウ){影向};の地なりとぞ。水底に氣味宜しき海草あり。三瓶山に雪ふり此浦へ影うつらふ時に此苔を取れば宜しと語る。世に是をウツプルイノリと云ふ。古記に北海の雑物を注すといへどウツプルイといふのりなし。此郡の海に在る所の雑物は海藻海松紫菜凝海草とあれば紫菜の類にや、予按ずるに彼水底の海苔を取りて露打振ひ打振ひ日に乾しければ、打ふるひ海苔といふをだみたる聲にてウツプルイといひ十六善神島の海苔と文字に書いては言葉長々しき故に善神を略して俗のウツプルイといふを其のまゝ文字によみならはしたりと御江たりといへば人皆點頭しぬ」

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