[[神名解題a]]

''「守矢神」''
(洩矢神・モレヤセニン)

武御名方神が諏訪地方に入る前から在住していた一族の神
守矢家の祖神。

モレヤセニンは守屋山に居て北斗七星を拝天する神といわれ、雨乞いなどの神事も行っていた。
武御名方神が諏訪地方に入ったとき、守矢神と争っている。
守矢神は鉄輪をもって、武御名方神に対したが、武御名方神は藤の枝で鉄器を朽ちさせ勝利したという。

守矢一族は、縄文狩猟色の濃い一族であったようである。
諏訪地方一円では縄文狩猟文化の遺跡が数多く発掘されているが、その中心にこの守矢族が居たと思われる。

諏訪上社において、御頭祭と御射山祭が重要な神事として行われてきているが、いずれも狩猟に関わる神事である。

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武御名方神の出雲族は縄文の香りを漂わせながらも、狩猟漁労と農耕の文化を持っている。
守矢一族は縄文狩猟が中心の一族であったが出雲系の支配下に入りながらも、その中で独自の狩猟文化祭祀を引き継いでいる。
これは出雲族の寛容さというものがあり、緩やかな連合体のような文化を形成していったのであろうと考えられる。
後の大和朝廷のような、まつろわぬものは皆殺しにしていく武断式支配とは異質のものである。
それ故、諏訪には、今では他所で見られなくなった独特の文化が引き継がれてきたのであり、それを支えたのが神長官守矢氏であった。

それを打ち壊したのは、明治政府の国家神道政策、神社合祀政策であった。
守矢家はこの時神長官という職を解かれ、祭祀の伝統が一部失われることとなった。
諏訪の四宮も大きく体制が変わり、「諏訪大社」として変貌することになった。


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