神社a
○「阿太加夜神社」
島根県松江市東出雲町出雲郷588 地理院地図
国道9号線を松江側から行くと、神社入口は解りにくく入り難い。揖屋側から進めば左手に鳥居がある。
意宇川に掛かる出雲郷橋の東側、川沿いを進めば支流須田川にかかる河童橋という小橋があり、その道路左手が意宇の杜である。
主祭神:阿陀加夜奴志多岐喜比賣命
船神事ホーランエンヤで知られる。かつては11年若しくは12年毎だったが今は10年毎となっている。
境内に櫂伝馬船が何槽も置かれている。
船倉の西側に「出雲国風土記」意宇郷に記載のある八束水臣津野命が国引きを終えた際に関わりのある意宇の杜、面足山がある。
案内など無いので少々解りにくい。
・面足山地理院地図
山という程の高さはない。
阿太加夜神社境内の北の端にある築山程度の小山。
河童橋のそばにある。辺りを意宇の杜という。
社も何もなくただ「国引き」と刻まれた石碑がある。
古代、河畔からすれば小山だったと思われる。
かつてはここに田中社があったのであろう。
(阿太加夜神社 案内)
(阿太加夜神社 案内板1)
- 阿太加夜神社御由緒
御祭神 阿太加夜奴志多岐喜比賣命
配祀神 国之底立命 須佐之男命 淤母陀流命
阿志古泥命
境内社 稲荷神社 祭神 宇迦之魂命
〃 雨風神社 祭神 奥津彦命 奥津姫命
級長津彦命 級長津姫命
〃 兵庫神社 祭神 松岡兵庫頭
例大祭 十月九日・十日
当社は大那牟遅命の御子阿多加夜奴志多岐喜比
賣命外四柱を祀り、鎮座年歴不詳であるが天平五
年の風土記に記載され、殊に貞観元年七月十一日
正五位下を授けられている。
社殿諸建造物は元禄八年三月二十三日出雲太守
松平出羽守源朝臣綱近により造営され、代々の藩
主による修造の棟札が現存している。
また、社頭三十石を寄付された社であるが、中古
火災によって由緒の詳なることを知ることは出来
ない。通称芦高大明神と呼ばれ近郷の信仰を集め
ている。
- 御祭神に「阿太加夜奴志多岐喜比賣命」と記し、説明に「阿多加夜奴志多岐喜比賣命」と記している。
上の新しい案内では「阿陀加夜奴志多岐喜比賣命」
原文の侭。
(掲示の際迄に気づきそうなものだが、こういう出雲人の鷹揚さというか適当さと云うのは嫌いではない)
又「阿志古泥命」に(あしこねのみこと)と読みがあるが書記の「惶根尊(かしこねのみこと)」の事であろう。
「芦高大明神」というのは「足高明神」のことであろう。
尚、雲陽誌巻3意宇郡「足高明神」の項には「面足尊・惶根尊」と記し、「阿太加夜神社」は神門郡多伎からの勧請社としている。
(阿太加夜神社 案内板2 船神事)
(阿太加夜神社 境内社殿)
(阿太加夜神社 拝殿内)
(阿太加夜神社・意宇の杜 国引きの石碑)
(阿太加夜神社・意宇の杜 門部王歌碑)
(阿太加夜神社・意宇の杜 門部王歌碑碑文)
(阿太加夜神社・意宇の杜 門部王案内)