#author("2024-11-29T01:07:10+09:00","","") [[神社島根]] #author("2024-12-19T06:13:23+09:00","","") ◯「日御碕神社」 島根県松江市島根町野波313 [[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#16/35.577538/133.094284/]] 主祭神:天照大御神・建速須佐之男命 元は西海岸の「御島(雄島)」にあったという。[[地理院地図:https://maps.gsi.go.jp/#17/35.582321/133.080922/]] 大社町「日御碕神社」より勧請。 天正8年(1580)12月17日大波により破損。 社が現在地猪谷に漂着したので移転し再建。 元は「十羅刹女御社」が野波の氏神社であったが、再建の際合社し「日御碕神社」と改称し現祭神に改めた。 「十羅刹女御社」は中世の神仏習合で称された社名で、仏教では法華経を守護する十人の羅刹の総称。 日本の神話では普通には宗像三女神の湍津姫を指すが、石見では胸鉏比売を指す。共に素戔嗚尊の御子であるから混合されているのであろう。 かつては大社町の「日御碕神社」も「十羅刹女社」と称していたことがあったが、これは胸鉏比売を指していたのであろう。 漁村では、村に里宮を置き、近くの島を清浄な地として沖宮を置いて奉る例が多々見られることから、日御碕神社から勧請した際、 里宮として十羅刹女御社、沖宮として日御碕神社を置いたものと思われる。 野波は松江藩の殖産により油桐実の藩内一の産地となり潤った。