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神社島根

◎「須多神社」

島根県松江市東出雲町須田523-1 地理院地図

主祭神:宇迦之魂命


『出雲国風土記』意宇郡で「須多社」
『延喜式』で「須多神社」

祭神名は『古事記』によるものと思われるが、『古事記』では「宇迦之御魂(ウカノミタマ)」であり、
島根県神社庁「須多神社」では、宇迦之魂命(うがのみたまのみこと)と濁音で呼んでいる。

『古事記』真福寺本k21では速須佐之男命が大山津見神の女(娘)である神大市比売を娶って生んだ子が大年神・宇迦之御魂であると記す。「宇迦」は音で読めとわざわざ記しており、[迦]に濁音の読みはない。

・『出雲風土記抄』1帖k35本文で「須多社」、k37解説で「須田社、同下社此二祠亦同郷須田谷白尾大明神及荒川大明神也」と記している。
本文社名と解説社名が異なっているわけだが、単なる誤記なのか否か少々訝しい。
延喜式に載る社でありながら、これといった創建縁起がまったくないのも訝しい。

「須田」というのは地区名であり、流れる川は須田川である。[須]は顎髭をさす文字で、速須佐之男命を示していると考えられ、「須田」は速須佐之男命の田を表しているのであろう。
「須田」で、稲の神とされる宇迦之御魂を祭っているのはなにか縁起があると思われるが不明。

『出雲国風土記』意宇郡には、「須多社」と「須多下社」が記されている。
須田川は北から南に流れて意宇川に合流している。現在の「須多神社」は古城山の西麓にあるが、この下流はすぐに意宇川に合流していることから、
これは「風土記」に言う「須多下社」であって、「須多社」ではない。
『出雲風土記抄』では、「白尾大明神」と「荒川大明神」の二社を記しているが、後者の「荒川大明神」が「須多下社」である。
「白尾大明神」というのは、今の「須多神社(須多下社)」に合社された本来の「須多社」でありこれが延喜式に載る「須多神社」である。
須田谷にあったということから、明治7年に合社されたという「意宇杜社」が在ったと思われる須田上組の神社跡と思われる。地理院地図
「白尾大明神」の白尾というのは渓流を指しての呼び名であろう。
「意宇杜社」というのは意宇川と須田川の合流地点「阿太加夜神社」にあった「意宇の杜社」を「須多社(白尾大明神)」に移したものと思われる。
・今ひとつ、現在の「須多神社(須多下社・荒川大明神)」に合社されたという「須多閉神社」は祭神が金山彦命であることから砂鉄を取っていた場所にあったもので、現社地の少し下流、内馬からの流れと合流する場所あたりで、今は田圃となっている場所にあったものと思われる。
これを「須多下社」と誤ったことから奇妙なことになってしまったのであろう。地理院地図
須多閉というのは、須田地区の終わり、逆に言うと須田地区への入口という意味である。


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