○「國廳裏神社」
鳥取県倉吉市国分寺426 地理院地図
主祭神:大己貴神・少名毘古那命
祭神:木花開耶姫命・保食神・大山祇神・素盞嗚命・奇稲田姫命・譽田別尊・玉依姫命・天兒屋根命
由緒書きによると
大和時代伯耆国の国造に「大八木足尼」が地方官として中央より任命され、適地として国庁を八代郷(社郷)に設置、
伯耆とは久米、河村、八橋、会見 、日野を云う。
国造は「大国主命」を深く崇敬し、「少名毘古那命」とともに2柱の神を国庁の中に祀り、「國廳裏神社」と称した。
元明天皇和銅2年11月(709)に国司金上元為は事務繁忙の為、国中の神社の巡拝が出来なくなり、国中の神社を一社に集めて総社として祭典を行ったと伝わる。
伯耆は伯岐とも記される。国造本紀によれば「大八木足尼」は初代武蔵国造の「兄多毛比命」の子とされる。
「兄多毛比命」は出雲臣祖「二井之宇迦諸忍之神狭命」の10世の孫とされ、出雲臣と同族であるという。
又、記紀によれば「忍熊王」の乱の際、「忍熊王」側に立って「神功皇后」らと戦った「海上五十狭茅」は「大八木足尼」の兄であるという。
由緒書きの大和時代というのは応神天皇の頃を言うのであろうから神社創建は応神期と考えられる。
伯耆国国庁跡近くにある。
周辺は「伯耆国府の森」として保存されており、少々鬱蒼としている。