神社a

「佐世神社」
島根県雲南市大東町下佐世1202 地理院地図

主祭神:須佐能袁命・奇稲田姫命

元の参道は崩壊の危険があり通行止めとなっている。
別途脇道がある。

「出雲国風土記」大原郡記載の「佐世社」とされている。

拝殿扁額には「八幡宮」と記されている。
拝殿内扁額には「佐世神社・白神八幡宮」と並記されている。

出雲の神社としては珍しく、廃社でもないのに荒れている。

「佐世神社」と称するようになったのは明治4年に延喜式記載の「佐世神社」と認定されて以降のことである。
それ以前は「白神大明神」と称していた。
「佐世神社」の候補としては、他に「月根尾大明神」があり、こちらは今は「狩山八幡宮」に合社されている。
「狩山八幡宮」宮司が「佐世神社」宮司を兼務してきたため、棲み分けがなされたのであろうと思われる。
「狩山八幡宮」は「宇佐神宮」から勧請したとされるため、鎌倉時代初期に佐々木高綱により「石清水八幡宮」から勧請したとされる「白神八幡宮」がいわゆる出雲八所八幡宮の第8番「佐世八幡宮」とされているのであろう。

・「雲陽誌」大原郡下佐世(コマ100)では、「月根尾大明神」(祭神:天照大神・月弓尊)を風土記の「佐世社」としている。
「白神明神」(祭神:素盞嗚尊・稲田姫)と「白神八幡」(祭神:応神・仲哀・神功)を別記し、その記述からは現在の「佐世神社」にあたるのは「白神八幡」である。
「白神明神」は元は「白神八幡」後背の白神山125(m)山頂 にあったものと思われる。戦国期毛利氏の尼子攻めに際し、陣屋等が置かれ山頂から移され、後に「白神明神」と「白神八幡」は合社され「白神大明神」とされ、更に明治に入り現在の「佐世神社」とされたのであろう。
その際、雲陽誌では「宇佐八幡宮」と記されている上佐世にあった「江野木八幡宮」も合社されている。地理院地図
「白神八幡」の記載に「南の方に古木あり神の御休所といふ」とあり、佐世の森の神木を指している。


(佐世神社 参道口)
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・現在は危険なため通行止め。別途脇道がある

(佐世神社 案内石碑)
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佐世神社祭神及由緒
祭神 須佐能袁命
奇稲田姫命

延喜式神名帳並ニ風土記所載ノ神社ニシテ 上佐世下佐世両村ノ産土神トシ
テ明治四年郷社ニ列セラル 須佐能袁命ハ八岐大蛇ヲ退治シテ後 歓喜ノ余リ
稲田姫ト神舞ヲナサレタ時 頭ニ刺シテイタ佐世ノ木ノ葉ガ落チタ 命ハ地
ニサセト申サレ刺シタ木ガ今ノ佐世ノ社ナリ 故ニ此ノ地ヲ佐世ト云フ 後
出雲八所八幡ノ一社佐世八幡ヲ合祀シ崇敬サレテイル神社デアル

(佐世神社 参道)
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(佐世神社 鳥居)
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(佐世神社 社殿)
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(佐世神社 拝殿扁額)
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(佐世神社 拝殿内)
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・扁額に「佐世神社・白神八幡宮」

(佐世神社 本殿)
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(佐世神社 境内石碑)
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(佐世神社 境内社)
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・「武内神社」、脇下に「稲荷社」

(佐世神社 佐世の森)
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(佐世神社 佐世の森案内)
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・案内板の後方に案内にある椎の巨木がある。念のために記しておくと佐世の木ではない。

(佐世神社 椎の巨木1)
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・境内にある別の椎の巨木。


  • 明治期の神社改めで社格を得るために神社間で棲み分けがなされたことは他にも例が多く、その際神社縁起の創作も行われたのであろう事も多々散見される。とりわけ八岐大蛇関連では訝しい事が多い。一体八岐大蛇は何カ所に何匹いて何度退治されたのかというほどである。
  • 雲南市のホームページで佐世神社の案内に「出雲風土記には、見事ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトが踊っている時、頭に挿していた佐世の小枝が落ちたことから、周辺を佐世と呼ぶようになったと記されています。」と記しているが、出雲国風土記にはヤマタノオロチは全く出てこない。
    参考までに「出雲国風土記」大原郡に記載された、佐世郷の地名由来

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Last-modified: 2021-08-09 (月) 11:12:12 (73d)