神社a

◎「野白神社」(ノシラジンジャ)

島根県松江市乃白町779 地理院地図

主祭神:猿田彦命・天宇受女命

境内「金屋子神社」

元は友田山(舳田山・田和山)にあり、尼子・毛利の乃木合戦の為焼失し、戦火のため社伝神宝などことごとく失ったという。
慶長16年(1611)現在地に移転。江戸期には友田大明神(舳田大明神)と呼ばれていた。
『出雲国風土記』意宇郡で「城社」
延喜式で「野白神社」

元社地の舳田山は(1997~2000年)松江市市民病院建設に際して発掘調査が行われ、三重の環濠を持つ遺跡として、国指定遺跡となった。
現在は市民病院への進入道路が造られたため山が削られ二つに分かれているが元は一つの山であった。
古い航空地図で見ると、西側の忌部川沿いは、田圃が広がっている。
古くは、宍道湖が山裾まで迫る湿地帯であったようである。忌部川が運ぶ堆積物によって平地化した。
[(トモ)]というのは船の舳先(ヘサキ)のことをいう。
宍道湖から見たとき、この山が船の舳先のように見えたことからの呼び名と思われる。
宍道湖対岸に、「多太神社」飛地境内社として艫田(トモタ)神社があり、猿田彦命を祀る。
又、「奴多之神社」は雲陽誌に「艫田明神 猿田彦命を祭る~」とある。
舳と艫は今では船先・船尾と使い分けられることもあるがトモと云うとき、船先を指し、船先にて水先案内の役割をする者を呼ぶ。
猿田彦命(佐太大神)を祭るのは、佐太大神が船先案内の神であった事に由来する。
以前「船玉様」について触れたことがあるが、そこで船玉様は博打好きでサイコロを入れておくと記した。
これは賽ノ神(猿田彦命)が賽子(サイコロ)に通じる事によるもので、出雲では船玉様が猿田彦命であった事によるものであろう。
後に船玉様は須佐之男命に変わる。
出雲の多くの神社に見られる荒神は、出雲の守り神としての須佐之男命の荒魂であるが、須佐之男命が出雲にやってくる前は佐太大神が荒神であり、時に大荒神として佐太大神を祭っていることがある。
野白神社の元社地・艫田神社・奴多之神社、いずれも猿田彦命(佐太大神)を祀るのは、佐太大神が水先案内の神であり、その社地が航海の目印となる場所であった事によるものであろう。

『出雲国風土記』意宇郡で「城社」と記されたのは、舳田山に宍道湖の海運を見守る要地として城が築かれていた事によるものかと思われる。


(野白神社)
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(野白神社)
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(野白神社)
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(野白神社 拝殿扁額)
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(野白神社 拝殿内)
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(野白神社)
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・拝殿脇に天宇受女命の面。右側に金屋子神社

(野白神社 本殿)
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(野白神社 本殿2)
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(金屋子神社)
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(金屋子神社 拝殿内)
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(金屋子神社 扁額)
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(金屋子神社 本殿)
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・女千木である。

(野白神社)
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・野白神社本殿奥に御幣が建ててある。水源であろうか。

(野白神社)
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・穀木神社のようだが定かではない。

(野白神社 境内社)
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・不明

(野白神社 境内社)
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(野白神社 境内社)
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(野白神社 境内社)
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・八剱神社

(野白神社 境内社)
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・陽根だが2柱並立というのはあまり見ない。


(田和山)
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・山頂から開削された道路越に北部を見る。右手に松江市市民病院。
宍道湖の向こうに秋鹿郡の山々が望める。

(田和山 1号墳案内板)
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(田和山 1号墳)
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・山頂にある前方後円墳。出雲が外部勢力に支配された後のものであろう。山頂に墳墓を据えるとか、いかにも傲慢で尊大。
おそらく、本来はここに野白神社の元社があり、この古墳築造のために他所に移されたものと思われる。

(田和山 石祠)
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・山中に石祠があった。昭和40年代に据えられたもののようである。
野白神社元社の基壇位置とは違う。
発掘調査報告書では、元社基壇は、この左手方向の山中のようだが草木に深く覆われ確認できない。

(田和山 石祠2)
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・祠は山頂部を拝するように据えられていた。


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Last-modified: 2022-07-10 (日) 20:02:47 (81d)