神社a
◎「布自伎美神社」
島根県松江市上東川津町1地理院地図
主祭神:都留支日子命
境内社:稲荷社・嵩神社
嵩山山頂部にある。
都留支日子命は須佐之男命の御子
『出雲国風土記』嶋根郡で、岸崎による修正追記の中に記載されている。布自伎美社(都留支日子命)・多気社(大己貴命)とあり、別社であったが、天永2年(1111年)に二社を一社として合社したという。
更に、明治6年(1873年)に若宮八幡宮(仁徳天皇)・宮嶋社(多紀理毘賣命・多紀都毘賣命・狭依毘賣命)・稲荷社(宇迦之魂命)を合祀。
又、明治40年(1907年)に伊豆御魂神社(天照大御神)・門江神社(国常立命)・新宮神社(伊弉冊命・速玉男命・事解男命)・天満社(菅原道真)・牛尾神社(牛尾民武左衛門)を合祀。
古くは社無く、山頂の「影向石」を御神体としていたという。
(布自伎美神社 参道1)
(布自伎美神社 参道2)
(布自伎美神社 参道3)
(布自伎美神社 境内)
・狛犬の阿像と吽像が通常と逆で、右に吽像、左に阿像となっている。
改修など行った際置き間違えたのであろう。
(布自伎美神社 拝殿)
(布自伎美神社 拝殿扁額)
(布自伎美神社 拝殿内)
・「嵩神社」「布自伎美社」となっている。
(布自伎美神社 本殿)
(布自伎美神社 本殿後背)
・本殿後背、小高くなったところに「稲荷社」と「嵩神社」がある。
(布自伎美神社 稲荷社)
(布自伎美神社 影向石)
・稲荷社と嵩神社の中あたり、最も高い場所にある。何の案内も無く、ただの小石のようにみえるがこれが影向石であろう。
(布自伎美神社 嵩神社参道)
・参道右手を下ると女岳山への山道がある。
(布自伎美神社 嵩神社)
(布自伎美神社 嵩神社)扁額
(布自伎美神社 布自伎美神社本殿と嵩神社)
・布自枳(からたち・シ・キ)伎美神社本殿と嵩神社の位置関係。布自伎美神社に対して、嵩神社は横向きであり、嵩神社後方に影向石がある。
思うに、元は影向石だけであったところに、嵩神社を造り、その後布自伎美神社が建てられたのであろう。
稲荷社はその後に置かれたのであろう。
(布自伎美神社 境内)
・元あった古い狛犬や灯籠がまとめておかれている。
- 布自伎美神社は元は南の和久羅山(弥勒山244m)にあったものと思われる。
『延喜式神名帳註』に記された「布自枳美山」というのは和久羅山のことであろう。
和久羅山というのは和久羅山城があったことで知られるが、築城年代は定かではない。
弥勒山に平安末期山砦を作る際、山中にあった布自伎美神社を嵩山に移したものと思われる。
その後戦国期に尼子家臣の羽倉氏が城を整え居城としたが、毛利氏に攻められ落城し、改めて毛利の番城として261.8mピークに和久羅山城を築城し、名も和久羅山と変えたのであろう。