神社a
神社島根

○「狭槌神社」

島根県出雲市地合町168 地理院地図

主祭神:国狭槌尊・(建速須佐之男命)

伊野浦の地主神社。海辺ではなく結構高台にある。(標高約60m)
古くは「八王子社」と呼ばれていた。
寛永6年(1629)「焼火社」と「日御碕社」を合社し「八王子社」としていたが、
明治4年(1871)に「狭槌神社」と改称したという。

主祭神に「国狭槌尊」を祭る神社は多くはない。
「国狭槌尊」は日本書紀に記された神代七代の神で第二神として記されている。

滋賀県高島市に「國狭槌神社」があり、古くは「八王子社」と呼ばれていたという事から、何かしら関係がありそうではあるがともに由緒不明。

「八王子社」というのは「古事記」で「大山津見神」と「野槌神」の御子として生まれた八柱の神の事をいい、「国之狭土神」はその八柱の神の一柱であり野山の神であるという。
この「国之狭土神」を日本書紀の「国狭槌尊」と同一とみなしているのであろう。

隠岐の西ノ島に「焼火(タクヒ)神社」(祭神:大日孁貴尊)があり、焼火山を御神体とし灯火をあげ海上交通の神社として崇敬されて来ていることから、
同じく灯火をあげ海上交通の神として崇敬されてきたのであろう。

日御碕の「日御碕神社」の始まりとなった祭神は「建速須佐之男命」であるが、「古事記」では「詔建速須佐之男汝命者所知海原矣事依也」と記され、「伊耶那伎命」に「建速須佐之男命」は海原を治めよと定められたことからであろう、島根半島日本海側各漁村には「日御碕神社」が勧請されてきた。
島根県神社庁の案内では祭神には「建速須佐之男命」の名は記されていないが、合社されているので祭神として祭られているのであろう。

夜のイカ釣りがいつ頃から行われてきたのか定かではないが、
夜行性のイカが月明かりを頼りに捕食の為海面近くに上がってくることは古くから知られており、それを目当てに夜船を出した際、港近くに灯火があれば位置確認ができ随分と心強かったであろう。
そういう経緯を持つ神社であったと考えられる。



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Last-modified: 2026-04-14 (火) 07:22:17