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○「大斎原(オオユノハラ)
和歌山県田辺市本宮町本宮1 地理院地図

祭神:
石祠左
・中四社(忍穂耳命・瓊々杵命・彦穂々出命・鸕鶿草葺不合命)
・下四社(軻遇突智命・埴山姫命・弥都波能売命・稚産霊命)
石祠右
・境内摂末社(八咫烏神社・音無天神社・高倉下神社・海神社・滝姫社・地主神社・御戸開神社)

熊野本宮大社の旧社地。『長寛勘文』によれば、元の地名は「大湯原」。

  • [斎]に(ユ)の読みはなく、なぜ「大斎原」と変え、尚(オオユノハラ)と読んでいるのかは不明。
    熊野川に音無川が注ぐ合流点で中州の地であった。
    元は湯が涌いていたのかと思われる。近くに温泉施設がある。
    修験者が山行を終え疲れを癒した場所であったのが始まりかと思われる。

明治22年(1889)、熊野川洪水により社殿流出。上述各社を石祠にて造営。

平成12年(2000)大鳥居建立

かつては5棟12社の社殿と境内摂末社があったという。
上四社は、北方の熊野本宮大社に移されている。
・上四社(夫須美大神・速玉大神・家津美御子大神・天照大神)
又、元社地にあった「八百万神社」は「満山社」という熊野本宮大社の境内社となっているようである。


(大斎原)
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(大斎原)案内板1
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(大斎原)案内板2
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(大斎原)石祠
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・左石祠…中4社及び下4社
・右石祠…元境内摂末社


  • 現在熊野本宮大社では、家津御子大神(素盞嗚尊)・速玉大神(伊邪那岐大神)・夫須美大神(伊邪那美大神)としているが、奇怪である。
    ・「夫須美大神」と云うのは、古事記に記された「熊野久須毘命」で[久]を[夫]に誤写したものであろう。
    ・「速玉大神」というのは日本書紀に記された「速玉男命」であろう。
    ・「家津御子大神」と云うのは先代旧事本紀に記された「天御食持命(アマノミケモチノミコト)」であろう。神皇産霊尊(カムミムスビノミコト)の子で紀伊直(キヒノアタヒ)等の祖とされる。
  • 『古事記』序で記したが、八咫烏は大烏のことであり三足烏ではない。
  • 明治22年の大洪水は、明治に入りタガが外れ、上流地区で盛んに樹木伐採を行い、山が保水力を失った為と推察される。
    また、いずれ崩落するであろう大鳥居を建てているが、愚かしいことである。
    安芸の宮島「厳島神社」の大鳥居は、対岸から舟で参詣するためにあの大きさが必要で建てられたものだが、ここの大鳥居にはこの大きさにしなければならない理由がない。

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Last-modified: 2021-12-02 (木) 01:26:58 (211d)