人物

三善清行

(みよしきよつら)
醍醐天皇期の文章博士

昌泰3年(900年)庚申11月21日『預論革命議』を奏す
…昌泰4年(901年)が辛酉年となり、その2月が帝王革命期にあたると論じる。
 この前、10月11日には書を右大臣菅原道真に送り、止足の戒を守って職を退くことを薦める。

昌泰4年正月、道真左遷

昌泰4年2月22日『請改元応天道之状』*1を奉る。
…改元要請文「神武天皇は、此れ本朝人皇の(はじめ)なり。然らば即ち此の辛酉は、一蔀(いちぼう)革命の首と為すべし。」

昌泰4年7月15日 延喜改元の詔


要するに、いわゆる「皇紀」というでっち上げ紀年の原因を作った人物であるということ。
そして、紀元節・建国記念日と連なってくる。
元がでっち上げなのであるから、これらに根拠はない。


*1 『請改元応天道之状』…日本紀年を論じた最初の史料であり、皇紀の設定に後年大きな影響を与えた。

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Last-modified: 2013-06-27 (木) 01:12:00 (2362d)