神社島根
◎「上宮」
島根県出雲市大社町杵築北仮之宮2962-1
主祭神:素戔嗚尊・八百萬神
出雲大社の境外摂社となっている。
「上宮神社」と呼ばずただ「上宮」と呼ばれ「仮の宮」と呼ばれていたりする。
神在月に、出雲大社に神々が集まる際、ここで神々が神議りをするのだという。
近くに天照大神を祭る「下宮」がある。
出雲大社で神在月の祭礼を行うようになったのがいつ頃のことかは定かではないが、
おそらくそう古くからのことではない。
近年は段々仰々しくなってきているようではある。
・「雲陽誌」神門郡 假宮で「伊那佐社 本社二間四方拝殿あり~」とあるのが、今の「上社」であろう。
・「延喜式」出雲國出雲郡に載る「因佐神社」である。
・「延喜式神名帳註」には「・日本紀云清之湯山主三名狭漏彦八嶋同云五十田狭之小汀・古事記云伊那佐之小濱按轉語如此亦大巳貴命欤」と付記している。
- 出雲大社で神在祭の祭礼を行うようになった時、「因佐神社」を北方の稲佐浦にあった「伊奈佐神社(速玉社)」と変更し、今の「上宮」を神議りの場所と変えたのであろう。
・「雲陽誌」神門郡 杵築に、建武3年(1336年)国造が千家・北島に別れたという記述後、神在斎(10月11日~17日)の間に龍蛇を神前に供え、10月17日夜神等去出神事、11月中卯の日に両国造大庭社(神魂神社)にて祭事。とある。
雲陽誌では国造が別れた経緯の記述のあとに出雲大社での神在月祭祀の記述がなされている。古くから行われてきていたのであれば、先に記述されて然るべきであるがそうはなっていない。
龍蛇様(セグロウミヘビ)が浜(佐陀川河口の古浦)にやって来るのを神々がやってくるとしてきたのは佐太神社の神在祭の祭礼である。おそらくはこの頃稲佐の浜でも龍蛇様が取れたことを契機に出雲大社の神在祭が始まったのであろうと思われる。