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古事記では黄泉神 黄泉というのは、道教に云う霊界のことであるが、これは古事記作成時の意図的作文である。 ヨミ、ヨモ、ユミ、のどの読み方を採るか議論のあるところである。 この議論には、論者の記紀に対する私的見解が背景にある。 伊弉諾尊の黄泉国訪問神話を、単なる創作神話とみなすか、 史実の裏付けを持った神話とみなすか、で見解が異なり、 更に、古事記と日本書紀のどちらがより古い伝承にもとづくかという立場で又、見解が異なる。 私が、各地を訪ね、記紀の記述と現地伝承を比較検討してきた事をふまえて語れば、 全体的には古事記が日本書紀より古い伝承を背景にしているが、書紀の一書の中には、 古事記より更に古い伝承に基づくものがあるといえる。 そして、記紀神話は、単なる創作神話ではなく、史実を背景に持った神話であるとも云える。 伊弉諾尊の黄泉国訪問神話はその好例である。 以上のことをふまえて、黄泉神をあえて弓津神と独自の表記を行っている。 それは黄泉にも夜見にも作為を感じるからである。 |
黄泉比良坂を、出雲國の伊賦夜坂と記すことから、この神話は出雲にちなむ神話であることが解る。 古事記に記された「黄泉比良坂の坂本」というのは、現在の島根県八束郡東出雲町揖屋の平賀という場所のことで、坂本という小字地名も残っている。 ここは、古代の間道で、現在は竹林に覆われ解りにくい場所になっている。 揖屋神社のある地は、ここから約1kmほど西方で、古事記に記載のある「道返之大神」、「黄泉戸大神」 というのは、この揖屋神社後方の小山を指していると考えられる。 というのもこの小山の為に、街道が回り道になっているからである。 実は揖屋神社というのは、地元では剣道の神様であり、この付近で戦闘が行われたことを想起させるのである。 |
弓の国(黄泉国・夜見国)は、この揖屋神社の東方に当たり、弓ヶ浜(古代は島)から大山山麓迄の辺りを指す。 そして弓津神(黄泉神)は、この地を治めていた神であるといえる。 古代出雲の開拓は、この地方から始まっているのである。 即ち、弓津神は、古代出雲の御祖神である。 尚、この地方を流れる伯太川を現在は(ハクタ)と呼んでいるが、古代には(ハタ)と呼んでおり、 又、「日野川」は「火之川」であった事を附記しておく。 |
弓津神や弓の国について書くべき事は非常に多くあるのだが、古代史の中でほとんど無視され、 神話上の霊界などと考えられている現状で、これ以上記しても徒労に終わりそうであるので、 今はここまでとしておく。 |