《上代古語》
《上代8母音説》
橋本進吉氏により提起され、現在迄学界で広く認められている説である。
即ち、上代=奈良期には、母音がアイウエオの5音の他に、イエオについては甲乙2類あり都合8母音であった。
それ故「キ・ヒ・ミ・ケ・ヘ・メ・コ・ソ・ト・ノ・(モ)・ヨ・ロ・ギ・ビ・ゲ・ベ・ゴ・ゾ・ド」には甲乙の音韻が2類あり、
都合87(or88)の音があったという。これを上代特殊仮名遣という。
この前提の下、大野晋氏らにより、神代文字批判が行われた。
即ち、イロハ歌(47音)やアイウエオ(50音)は平安期に作られたものであるから、
神代文字といわれるものの大半が47字又は50字であることは、これらの文字が平安期以前には遡れない
というものである。
 そして、この説が長らく日本国語学界の主流であった。

ところが、最近になって、金沢大松本克己教授や奈良女子大森重敏教授などから、疑問が提起されてきた。
その疑問とは、松本氏「母音の交代現象」、森重氏「連接による臨時合成音」等と言われるが、
要は古来日本語は8母音ではなく5母音であり、8母音というのは、渡来人達により漢字の国語化が行われた際の
一時的な虚像であるというものである。
この議論は尚決着は付いていない。

平安期には8母音が死滅していたという事実は重要で、なぜ死滅したのかを明らかにしなければ
8母音説は説得力に欠ける事になり、当然8母音説の立場から否定された神代文字は再検討が必要となる。

《古事記における8母音説の検証》
岩波文庫「古事記」を利用して、カミについて「上」と「神」を検証してみると、
訳p =原文p     表記
p48 =p229 夜知富許能 迦微「神」能美許登波
p49 =p229  夜知富許能 迦微「神」能美許等
p50 =p229  夜知富許能 迦微「神」能美許登
p86 =p247  加牟「神」加是能
p138=p272 加牟「神」菩岐
p178=p292 加美「上」都勢爾
p188=p297 加微「神」能美夜比登
p189=p297 加微「神」能美弖母知
わずかこれだけしかないのである。根拠資料数としては余りに少ない。
他は、圧倒的に「上」「神」の文字そのままを用いている。
8母音説の甲乙分類ではなく、単なる意味分類と考えられるレベルである。
現代日本語の母音について考えてみると、いわゆる標準語(江戸、山ノ手弁)
に関しては5母音であるが、方言を見ていくと、
3母音から8母音まで多様である。
この事実も、上代古語が一律に8母音であったという説には否定材料となるであろう。

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