神社a
◎「阿利神社」
島根県出雲市塩冶町1686 地理院地図
主祭神:阿遲須枳高日子根命
「出雲国風土記」神門郡 高岸郷に縁起のある神社。
鎌倉期、源頼朝により、出雲に八幡宮が勧請され、阿利神社はその氏子を全て奪われ荒廃したという。
元社地は出雲市市民館向いの有原中央公園にあったが、明治期に現在地に移転された。
(阿利神社)
(阿利神社 案内板)
(阿利神社 元社地)有原中央公園
公園内北西端に石碑がある。交差点外灯の向こう。
(阿利神社 元社地石碑)
延喜式内社 阿利神社跡
(阿利神社 元社地石碑碑文)
- 誰の筆か不明だが原文のまま
祭神阿遲須枳高日子根命
天下造りたまいし大神(大国主大神)の御子
出雲風土記には阿利社と記されてある
明治十五年塩治町高西に社殿が移される
- 主祭神名に「根」をつけているのは古事記の影響であろう。
出雲国風土記では「根」は付いておらず、「阿遲須枳高日子命」である。
合殿に祭られる「加利比賣命」は、妻神としているが誤り。『出雲国風土記』楯縫郡に「阿遲須枳高日子命后天御梶日女命」とあり、天御梶日女命が妻神である。
「阿利神社」は江戸期迄「姫宮大明神」と呼ばれていることからすると、本来女神を祭った神社であり、高屋で「阿遲須枳高日子命」の世話をしていたのが「加利比賣命」だったのではないかと思われる。
ところで「加利比賣」というのは神名由来の掴めぬ名称であり、思うに元の名は「阿加利比賣命」で「阿」を失って「加利比賣命」と呼ばれ、「加」を失って「阿利神社」と呼ばれるようになってきたのではないかと推察する。
「阿加利比賣」であれば、「阿遲須枳高日子」の姉神とされる「下照比売」に通ずるものがある。